KAWASAKI 500SS MachIII 1969

KAWASAKI 500SS MachIII 1969y 

(リード)

「マッハ」は、30年を経ても多くの伝説的な逸話で語り継がれている名車である。今でこそ、180km/hが250ccクラスでも常識的な最高スピードのレベルとなってしまった。が、この当時、0→400mを12秒4で走りきるなんて気が狂ったとしか思えないことだった。タイヤでさえも200km/hに対応したものは無く、急遽開発を行うなど、すべてが未知数の領域への冒険的な出来事でもあった。それは又、海外進出を目指す等、企業の躍進を担った商品価値の探求が挑戦的な熱意で行われていた頃であり、時代背景を浮き彫りにしたエポック・メイキングな意味合いさえも伺い知ることができる貴重な存在でもあった。


(本文)

 スピードが、未だ規制を必要としなかった頃、ライダー達は無制限にスピードへの探求心を燃やしていた。ブレーキは、停車させるものではなく、あくまでスピードをコントロール・ダウンするだけの機能部品としか求めてはいなかった。危険な考えと言われるかも知れない。が、モーターサイクルに魅了させられたからには、危険を承知での覚悟も必要とさえ思っていた。最高速度は、マシンが生み出すものではなく、ライダーの資質によって生み出されるものと信じていたし、マシンは、あくまでも可能性をもった道具であり、使いこなすライダーがそれを高めていけるものとした解釈が一部にはあった。

 「マッハ」に、現在にも通用する出力レベルを求めるとするなら、それは無謀である。実用的な範囲での出力特性は信頼のレベルとは言い難く、市街地を通勤や通学の足程度に使用するには不向きであるとしか言い様はない。

 気むずかしいキャブレターのセッティングを疎かにすると、まるで走ろうとはしない。スクーターにも劣る出足を味あわさせられる。軽々としたフロントサスペンションは、直進性を重点的にセッティングしたかのようで、コーナーリングで攻め込む気にはなれない。では、何故「マッハ」がいつの時代もヒーローで居続けることができたのだろうか。それは、2サイクルが2サイクルらしさを実直に表現できていたからにすぎない。

 世界的にも、大型車は4サイクルを主流としていた。カワサキ社内においても、それは当然のこととした考えもあった。だからこそ、メグロを必要ともした。しかし、技術革新に通例は求めず、不可能を可能とすることから学ぶべきことも多いと判断。500ccで750ccクラスの重量車のパワーを稼ぎ出すには、2サイクルは格好のエンジン・システムだった。

 当時、世界最速の量産型モーターサイクルは・・と言えば、200km/hを上限としたノートン・コマンド[OHV・745cc・60ps/6,700rpm・188kg/BSAスピットファイア(OHV・654cc・55ps/7,000rpm・173kg)]。1969年8月にホンダCB750four(0HC・736cc・67ps/8,000rpm・21 8kg)がこれを打ち破った訳だ。が、1968年9月に生産を始めていた白タンクの「マッハ」が、既にヨーロッパ市場にサンプル輸出されており、リッター辺り120ps(498cc・60ps/7, 500rpm・174kg)を発生する驚異的なデーターには、CB750fourのスペックからは伺い知れない実感を体感させられていた訳だ。

 まるで、レーシングマシンの様な・・そんな実感がライダー達を興奮の渦中に巻き込んでしまった。立ち上がりでCBに遅れがちにはなるものの、一気に爆発的な加速態勢で追いつく様は、「マッハ」ならではの情景を作り出していた。後方に紫煙のスクリーンをまき散らし、フロントを3速に至ってもリフトアップした姿は、「マッハ乗り」ならではの快感を伴ったものだった。空冷トリプル・シリンダーの作り上げたものは、決して優等生の為の模範とはならなかった。しかし、「マッハ」の幻影を記憶に甦させるに連れ、個性的なパワーフィールが色濃く映し出されていく。1980年、KH400/KH250が10年以上にも渡るトリプル・シリンダーの歴史に幕を下ろすまで、「マッハ・スピリット」は脈々と受け継がれていった。穏やかに操られていったスペックは、見せかけの良心だったのかも知れない。


500SS MachIII 1970y

 白タンク、黒(パールグレー)タンクに続く3作目。国内仕様としては2代目となる。発売は’70年6月。カラーリングを赤に変えての登場。リーク防止対策として、ディストリビュータ・カバー形状を変更するなど、信頼性を高めている。この年には、市販レーサーのH1Rもリリース。制作されたのは40台。そのうちアメリカへ15台が振り分けられ全て完売している。世界GPでも活躍するほどのポテンシャルを持ち、プライベーターの多くは、このマシンを入手できず、H1をチューニングしてのレース参加となった。この年の9月に発売された後期型で、タンクリブは廃止される。

500SS MachIII 1971y 

 1971年3月、タンクサイドにステッカータイプのグラデーションを採用して登場したH1A型。ヨーロッパ仕様は一文字ハンドルで、キャブレターのセッティングにも変更が加えられている。2次減速比は、エンジン側スプロケットが、アメリカ(15枚)とヨーロッパ(1 6枚)で異なる。ヘッドライトにも違いがあり、ヨーロッパ向けにはヨーソ球付きもあった。’71年12月には、H1A→H1Bにタイプ変更。タンクにレインボーカラーのグラフィックを採用した’72年モデルが発売される。フロントにはドラムブレーキに変えて、H2(1971y. 11)同様のシングルディスクを採用。

500SS MachIII 1972y

 この年の1月、1971年10月の東京モーターショーで発表された750SS(H2)と同様のフロントまわり(φ360mmのインナーチューブとアルミ製アウターケース+シングルディスクブレーキ)を装備した500SS(H1C)が発売。キャブレターはセッティング変更され、点火方式は、従来のバッテリー・CDIから、H1Rと同じマグネット・CDIへとチェンジされ、日本とヨーロッパへ。アメリカへはバッテリー・CDI仕様が送られた。スペック上は従来通りの設定値だが、安定した点火と、改良された吸排気セッティングで、出力特性はやや穏やかに変化している。

500SS 1973y 

 ‘73年1月にリリースされたH1Dは、大幅な変更を受けての登場となった。キャブレターのメインジェットをサイズダウンし、点火時期も変更。プラグは沿面タイプからH2と同じ通常タイプのB9HSを採用。数値上の1psダウンを出力特性の向上でカバーしている。ディメンションの変更は、全長で10mm、全幅で5mm短縮されるなど、やや小型化が図られる。が、車重ではプラス9kgの185kgに増加。ホイールベースは10mm延長の1,410mmとし、キャスターアングルは29度→27度へ、トレールは2mm短縮の108mmへと変更。リアブレーキをワイヤー式からロッド式へと変え、操作性の向上も図られている。

500SS 1974y

 点火系にマグネット+CDIを採用してのマイナーチェンジモデル。ディメンションは異なるが、外観の印象は400SSと見間違うほど酷似している。マッハIIIのネーミングはこのモデルが最後。’75年モデルからは廃止されている。’73年の750SSの国内販売停止により、「マッハ」シリーズの頂点モデルとなるが、発売から6年を経過して、過激な印象は薄れ、乗り味にも昔の面影はすでになくなっていた。だが一方では、こうした熟成化を待ち望んでいた向きも決して少なくはない。時代と共に乗り手にも変化が訪れていた頃だった。

500SS 1975y

  500SSの最終モデル。マイナーチェンジ毎に少しずつ改良が重ねられ、乗り味もマイルドに変化していた。出力特性ばかりではなく、ハンドリングや操安性といった部分にまで細かな配慮が成されていった。しかし、ユーザーの嗜好は勝手なもので、強烈なインパクトでデビューを飾った初期のモデルへと、熱狂的なラブコールを送り続けることとなってしまった。すでに’73年に発売された750RS-Z2人気にも押され、ラインナップから消えた750SS-H2のごとく、500SSにもその時期は迫ってきていた。

KH500 1976y

 公害対策が社会的な問題となって取り立たされてくると、2サイクルに対する風当たりもきつく、よりクリーンな燃焼が可能な4サイクルに追い風が吹くようになってきていた。特に大排気量モデルにあっては4サイクルが主流となり、2サイクルはもはや栄光を軌跡の中に記すだけとなっていた。500SSもすっかり穏やかな出力特性が与えられ、スーパースポーツモデルの硬派な印象は、すでにバイクユーザーの視点からも外されていた。しかし、鋭い牙を落としながらも、バイブレーションとベアリングノイズを伴いながらの加速は、フロント荷重の軽いハンドルと共にKH500に残された、あのマッハの最後のスピリットを感じさせていた。ボトムニュートラル式のミッションは、一般的な1ダウン/4アップに改められ、500SS(1975y)から、7psダウンの出力に、エキゾーストノートも何か寂しげな響きを奏で、ライダーもまたジェントルなライディングを心がけることとなった。KH500を最後に、マッハのパワーユニットは完全に栄光の彼方へと遠ざけられてしまった。

風倶楽部

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