KAWASAKI GPz900R/GPz750R 1984

GPz900R/GPz750R 1984y

(リード)

 Z1が世界中に大センセーションを巻き起こしてから10年。カワサキはまったく新しいビッグスポーツバイクを発表した。名車中の名車とうたわれたZ1に勝るとも劣らない名車伝説の再来、それがこのGPz900Rだ。

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 DOHC4気筒という、いまに続くビッグバイクのスタンダードを生み出したZ1に対し、GPz 900Rは水冷DOHC16バルブの新型エンジンを搭載。当時としては驚くほどのコンパクトさを誇ったこのエンジンは、パワーとトルクを最大限に確保するため、吸排気系をストレート化できるサイドカムチェーン方式を採用していた。最高出力115ps、最大トルク8.8kg-mという数値は、新世代カワサキのハイポテンシャルを実感させるには万全の数値だったし、なおかつ中低速域のトルクも扱いやすさも十分に確保するという離れ業を演じていた。また、ロードゴーイングバイクとしての乗り心地や扱いやすさ、信頼性などを確保するため、すべてのパーツは最新テクノロジーを駆使した高品質仕様。バランサーの装備や背面ジェネレーターの採用などで、絹のようなスムーズさと重量バランスの最適化、深いバンク角の達成など、いかにも完成度の高い仕上りになっていた。

 このエンジンを搭載するフレームは、クランクケースを強度部材として兼用するダイヤモンドタイプ。ガソリンタンクとサイドカバー、カウリングに隠れ、その存在を声高にアピールはしていないが、コンパクトなボディと吸い付くように自然なライディングポジションの実現に貢献するとともに、高い剛性としなやかな乗り味、高い整備性も確保。さらに、スイングアームピポット強度が格段に向上したことにより、じつに安定したスポーツライディングが可能になっている。サスペンションには豊富な調整機構とエア加圧システムがおごられている。左右のエア圧を均等に保つイコライズドエアフロントフォークには、状況に合わせてダンピングフォースを自動的にコントロールするAVDSを装着。ボトムリンク式ユニトラックのリアサスペンションには、無段階調整式のエア加圧ショックを採用するなど、走りにも乗り心地にもまったく妥協を許さない作り込みが施される。

 真綿で締め付けるような、と称賛されたブレーキや素直かつ軽快なフロント16インチ、リア18インチホイール、ウインドプロテクション効果が高く、最高速域で抜群の空力性能を発揮するカウリング、そして品格すら感じさせる美しいスタイリングなど、どこを取ってみても当時のライバル車が顔色をなくすような、革新的な設計が詰まっていた。市街地走行よし、ツーリングよし、ワインディングよし、どんな場所へ持ち込んでもまったく苦手意識を見せず、すべてを高次元でこなしてしまう。ストリートバイクの理想形、それがGPz900Rだったのだ。

 これだけ完成度が高いバイクが評価を受けないわけがない。発売から爆発的な支持を集めたGPz900Rは、国内の免許制度に合わせたGPz750Rの登場も追い風とし、またたくまに全世界を席捲していったのである。この後、後継機種としてGPz1000RXが登場、GPz900Rは後陣に道を譲るはずだった。ところが、ZX-10、ZZ-R1100と、次から次へと新型が登場してもなお、GPz900Rは互角の人気を保ち続けたのであった。これにはライダーだけでなく当のカワサキも驚きを隠せず、結局はライダーたちの要望に応える形で、次々に改良モデルをリリースし続けることになる。カラーリング変更が行なわれた1985年のA2を皮切りに、シリンダーヘッドまわりのオイルライン強化が施されたA3、再びカラーリング変更のA4、ディスクローターが新型になったA5、カラーリング変更のA6、前後17インチホイールと剛性を高めたフロントフォーク、対向4ポットキャリパーを投入したブレーキなど大幅な改良が行なわれたA7と、その歩みは毎年のように繰り返され、現在でも現行モデルとして人気を保っているのはご存知の通りだ。なお、GPz750RのほうはGPz900Rほど人気が長持ちせず、1986年のG3タイプを最後に姿を消している。


KAWASAKI GPz750R 1984

 インライン4とすればクラス初の水冷化となったモデル。又、カワサキとしては初の4バルブ化も成されていた。Z900/750RS(1973y)から10年の歳月を経ての課題は、全てに初の試みを持っての挑戦で開発は進められていた。世界最速を目標に開発が進められたGPZ900Rと同じく、クラス最強のモデルと成すが為の策は、徹底した軽量化とコンパクト化を図ること。これを可能とするには、先ずはパワ−ユニットの選択だった。レ−スに参加するだけの高出力化が可能なこと。低重心化が図れるレイアウトであることが大前提となった。シリンダ−ピッチを短縮して幅を詰められる水冷化は当然のことながら、ダイナモのシリンダ−背面への配置も、強制空冷式のオルタネ−タ−採用もこうしたアイデアから生まれた。従来のパワ−ユニットを参考とすることなく、理想的な観点からの発想がこのパワ−ユニットを創り上げたと言える。吸排気系の通路のストレ−ト化による充填効率のアップ。燃焼室形状の変更、中空カムシャフトの採用、テンション圧を軽減したオ−トカムテンショナ−によるメカニカルロスの低減化等々、徹底した煮詰めが行われている。5000〜6000rpm までは必要十分だけの出力を与え、本来の出力の発揮は6000rpm から、更に8000rpm からと2段ロケットの様な特性を持っている。高速よりの設定がミッションのハイギア−ド化でも伺える。


GPz750R 1985y

 デビューと同時に旋風を巻き起こした750Rは、この年早々の改良が図られた2型(型式名称:ZX750G2/1985y.3)をリリース。なお、同年6月には、サイドカバーに「Ninja」のロゴを配した限定(300台)モデルも発売されている。2型に関しては、カラーリングの変更と共に、アクセルワイヤーが従来の1本から2本となっている。900Rの国内バージョンとして人気を集めた750Rも、ナナハンの国内需要の低迷でいまひとつ波に乗りきれず、デビューから2年後の’86年モデルを最後に生産を停止。代わって、750cc専用設計のGPX750Rがラインナップされる。絶大な人気に支えられながらも、このモデルが意外な短命に終わったのは、900R逆輸入で国内市場を闊歩し始めたからにほかならない。実際のところビッグバイクに対する支持が高まるにつれ、動力性能で劣っている750ccクラスでは、お下がり的な存在に映っていたのも致し方ない。また、TT-F1クラスの上限が1984年を期に750ccに変更され、ベースモデルには必然的に軽量でコンパクトなレーシーな形態のモデルが必要とされる傾向となっていたからだ。メーカー側もこういった状況を見据えた上で、コンペクティブな750ccの開発を急務として動き出した。750Rがどんなに優れたモデルであったにしろ、時代のニーズはあまりにも激しく揺れ動き始めていた。軽量化と低重心化を煮詰め、メインフレームを高張力鋼管丸パイプとし、シートレール部をアルミ角断面、さらにアルミキャストのステッププレートの3ピース構造としたダイヤモンドタイプのフレーム。スリムでコンパクト化を押し進めたサイドカムチェーン方式のパワーユニット。スーパースポーツモデルとしての資質のレベルを極めたモデルでもあった。


GPz900R 1992y

 初期型(1994y)の登場以来、とどまることを知らない爆発的人気でロングセラーを続けていた900Rニンジャだったが、ついにこの年、待望の国内販売が開始される。ニンジャの魅力は、ライダーの感性にしっくりとなじむ、驚くほど気持ちのいいフィーリングとライディングポジションを持っていること。スチール製ダイヤモンドフレームとサイドカムチェーン式水冷インライン4のエンジン、下半身が吸いつくようにフィットする馴染みのよさは、ほかのバイクではそうそう味わうことのできない、ニンジャだけの特権だ。馬力規制に合わせて86psにパワーダウンしてしまっている国内仕様ではあるが、その分中低速の余裕とスムーズさが向上しているため、ストップ&ゴーの多い日本の公道では、むしろこちらの方が乗りやすいといえるかも。重厚なフォルムに似合わず、ハンドリングは意外にも軽快で、渋滞路、ツーリング、スポーツ、どれも完璧にこなしてくれる名車中の名車だ。


風倶楽部

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